Kリーグ釜山チョ・ジノ監督が急死! 44歳の若さ…心臓麻痺で

プロサッカーKリーグ釜山アイパークのチョ・ジノ監督が10日午前、心臓麻痺で死亡した。釜山球団が発表した。

球団によると、チョ・ジノ監督は10日午前、釜山・ファミョン洞にある自宅マンション近くの散策路で突然、心臓発作を起こして倒れた。近くの住民に発見され、梁山釜山大学病院に救急搬送されたが、午前11時30分ごろ、死亡した。

チョ・ジノ監督は選手時代から注目を受けた存在だった。1994年のW杯米国退会に出場し、同年、浦項アトムス(当時、現浦項スティーラース)でプロ生活をスタート。だが、度重なるけがによって思うように力を発揮できなかった。1995年には当時の五輪代表チームの指揮を執ったアナトリー・ビショベッツ監督と対立して代表チームへの合流を拒否。6カ月の資格停止処分を受けたこともあった。2003年に指導者に転身した。

チョ・ジノ監督は普段たばこは吸わず、酒もほとんど飲まないなど健康管理に気を使っていたという。多くのサッカー関係者たちはチームの成績に極度のストレスを受ける国内のプロスポーツ監督の劣悪な環境が若い指導者を死に追いやったと見ている。

釜山アイパークは、2部リーグに当たるKリーグチャレンジに所属しており、慶尚南道FCとの首位争いで激しいストレスを受けたとみられる。1部リーグへの直行チケットが約束されるチャレンジ1位を期待したチョ・ジノ監督だったが、8日の慶尚南道とのホーム試合に0-2で敗れ、チャレンジリーグ優勝の夢を諦めなければならなかった。監督は試合後、SNSに「切実な思いで勝利するために努力したが、惜しくも勝利で恩返しすることができず、に申し訳ございません」との謝罪文をサポーターに残した。

プロの監督が激しいストレスによって倒れたのは今回が初めてではない。2001年プロ野球ロッテ・ジャイアンツを指揮したキム・ミョンソン監督は成績の負担によるストレスが重なり、心臓麻痺で死亡した。2013年にはトルコ世界アーチェリー選手権大会を指揮していたシン・ヒョンジョン女子コンパウンド代表チーム監督が突然、意識を失って倒れ、手術を受けたが帰らぬ人となった。

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